花葬

一匹のノラ猫が枚方市の、とある家族の自宅の庭に遊びにくるようになったのは今から6年ほど前でした。
 
当時、小学生だった家族の長男が一人で留守番しているときに、そのノラ猫は塀を乗越えて庭に置いてあった物置小屋の屋根の上で日向ぼっこをしていたらしいです。
 
好奇心旺盛だった息子さんは、脚立を手にノラ猫に近づこうとしたのですが、その光景を見たノラ猫はゆっくり立ち上がると身軽に塀を飛び越え、走り去っていきました。
 
 
息子さんは、もう一度戻ってくることを願い、物置小屋の屋根の上にソーセージとミルクを入れた紙のお皿を置いて、自分の部屋の窓からずっと見張っていたのですが、その日、猫は再び姿を見せることはありませんでした。
 
翌日、息子さんは学校から下校すると玄関ではなく庭の物置小屋に直行しました。
お皿のミルクは残っていましたが、ソーセージはなくなっていました。
 
たったこれだけのことだったのですが、息子さんは飛び上がるほど嬉しかったようで、その日から、お母さんの目を盗んで、冷蔵庫から食料を調達しては、物置の屋根に運ぶことが日課となりました。
 
その日を境に、夕方になると屋根の上まで食料を食べにやってくるノラ猫の姿を部屋の窓越しに見ることが息子さんの楽しみになっていました。
 
物置小屋は家の死角に設置してあり、息子さんの部屋の窓からしか、見ることができないこともあって、息子さんは一ヶ月以上、家族に隠れてノラ猫に食料を与え続けていました。
 
家で飼うことも考えたのですが、以前、「犬を飼いたい」両親に言ったとき、烈火のごとく大反対された苦い経験があったため、息子さんは内緒でこの行為を続けていくことにしました。
 
時折、食料を食べてる猫を間近で見ようと接近を試みたこともあったのですが、部屋の窓を開けただけで、猫はすぐさま去っていきました。
家猫と違って警戒心が強いノラ猫特有の行為だと思い、息子さんは部屋の窓から、この光景を見守ることに専念することにしました。
 
それだけでも、楽しかったそうです。
 
そんな、ある日曜日の朝、リビングでテレビを見ていたとき、キッチンで朝食をとっている両親の会話が耳に入ってきました。
 
「最近、物置小屋の屋根にノラ猫がよくいるのよ。布団たたきで追い払うんだけど、次の日、またやってくるの・・・」
 
「ほ~~猫が・・・家まで入ってくるのか?」
 
「ううん。物置の屋根にしかいないけど、何か食べてるの。ネズミとかだったら気持ちわるいから、あなた後で見てきてくれない」
 
「そうか・・・そりゃ不衛生だな。わかった後で見てみる」
 
こんな両親の会話を聞いた息子さんは猫に食料を与えていた事実が両親にバレることをおそれ、慌てて、裏口から庭に出て、脚立とモップを取り出し物置の屋根を掃除し、猫の食べ残しや足跡を拭取りました。
 
時間にして3分ほどの間にこの作業を済まし、脚立とモップを元の位置に戻して、何事もなかったかのように自分の部屋に戻りました。
 
戻った部屋の窓から物置小屋の屋根を点検してるお父さんの姿と脇で見守るお母さんの
姿が見えましたが、何食わぬ顔でゲームなどして猫に食料を与えていた証拠の隠滅に成功したそうです。
 
ところが、そう思ったのもつかの間、両親が揃って部屋に入ってきて、「お前何か隠してるやろ?」とお父さんが言いました。
 
どうやら、掃除したての屋根と濡れたモップがアダとなり、両親には全てお見通しだったようです。
 
最初は苦し紛れに言い逃れしていたのですが、両親の鋭い問い詰めに観念した息子さんは猫に食料を与えていたことを認めました。
 
怒ったのはお父さんより、むしろお母さんで「どうりで最近、台所から物がなくなるなって思ってたのよ」と叱ったそうです。
 
それでも息子さんは両親に
「お願い!部屋には絶対入れないし、ご飯をあげてるだけだから!屋根も毎日掃除もするから!」と涙を流して懇願しました。
 
いくら言っても引き下がらない息子さんに押し切られる形でお父さんは承諾してくれたのですが、元来、動物が苦手のお母さんは許してくれませんでした。
 
話は平行線のまま終わり、息子さんは、部屋に閉じ篭って、その日の昼食と夕食をとるのを拒否し、無言の抵抗を続けました。
 
見かねたお母さんは「テストの点数アップと庭と部屋の掃除と宿題をちゃんとやること」を条件に猫にご飯をあげることを認めてくれたのです。
 
これで、家族に隠れることなく、猫に食料を与えられることになり息子さんは大喜びしたそうです。
 
次の日、お父さんが「キャットフード」を買ってきてくれたのですが、どうやら猫は息子さんが与え続けていたソーセージの味に馴染んでいたようで、あまり食べなかったそうです。
 
息子さんは猫にアニメキャラからとった「チョッパー」と名前をつけていたのですが、息子さん以上に猫に食料を与えることを楽しみにしだしたお父さんが勝手に「ノラ」と呼んでいて、その都度、「ノラじゃない!チョッパーだよ」と注意しても、次の日はまた「ノラ」と呼んでる有様でした。
 
そのうち、お母さんまでもが「これノラちゃんのご飯ね」と呼ぶようになり、いつの間にか猫の名前は「ノラ」になっていました。
 
この頃、ノラちゃんは家族にも慣れ、脚立を組み立てる音がしただけで、どこからともなくやってきて、美味しそうにご飯を食べるようになり、息子さんが撫でても逃げなくなりました。
 
月日は流れ、息子さんが高校生になるころ、ノラちゃんのご飯をあげるのはお母さんの日課になり、屋根掃除はお父さん仕事になっていました。
 
そればかりか、あれだけ反対してた両親だったのに、ノラちゃんの可愛らしさにすっかり魅了されて、自宅にも入れるようになっていたのです。
 
学業の他にクラブ活動やアルバイトでほとんど家に居ることが減った息子さんでしたが、家にいるときはノラちゃんを昔と同じように可愛がっていました。
 
 
 
ノラちゃんに異変を感じたのはお母さんでした。
ほとんどご飯を食べようとしなくなったのです。
 
異変に気づいた夜、家族はノラちゃんをお父さんの車で動物病院に連れていきました。
家族は医師より、ノラちゃんが末期の癌におかされてることを知らされました。
 
ノラちゃんが家に来たときの年齢が分からなかったため、ノラちゃんの正確な年齢はわからなかったのですが、医師から、「おそらく15歳以上でしょう」と言われると同時に
「高齢ですし、手術には耐えれないでしょう。このまま自宅でゆっくりさせてあげてください」と告げられました。
 
安楽死という選択もあったのですが、家族は皆でノラちゃんを自宅で介護する道を選びました。
 
そして病院に行った日から、約一ヵ月後、家族が見守る中、ノラちゃんは永眠したのです・・・
 
 
そんなノラちゃんのセレモニーを弊社プレシャスで執り行うことになり、ご家族は家族葬の後、火葬ではなく、自宅の庭に土葬してあげることにしました。
 
土葬する場所はノラちゃんが初めてこの家にやってきた物置小屋があった場所に決めました。
 
物置小屋を取り壊し、そこに息子さんとお父さんがスコップで穴を掘り、ノラちゃんと一緒に大好物だったソーセージと生花と一緒に棺に納め、埋葬しました。
 
想い出でもある、解体した物置小屋の屋根で墓穴を塞ぎ、家族全員で交代で土を重ねておられました・・・
 
 
ご家族は墓石をたてることは考えてらっしゃらないようで、お母さんがその場所に
たくさんの花の種をまいて、お花畑にすると仰ってました。
 
 
きっと春になる頃には、たくさんの花に彩られ、ノラちゃんの眠る場所はノラちゃんの想い出が詰まった家族の癒しと憩いの場所になってることでしょう。
 

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