名も無き仔猫のセレモニー
雪が降る深夜の京都の町を帰宅中、ネコの鳴き声に足を止めた人がいました。
元来、ネコが苦手だったその人は足早に通りすぎようとしたその時、その人を呼び止めようと一段と大きな鳴き声がしたのです。
その声は鳴き声というよりは叫び声に近い腹の底から搾り出すような声だったそうです。
少しの迷いの後、その人は思い立ち、鳴き声のするほうに近づきました。
道路に設置された街頭の下の茂みにダンボール箱が置いてあり、箱の中に2匹の仔猫が捨てられていました。
声の主は体毛が真っ白な仔猫で寒さと不安に全身を震わせながら、その人を見上げ鳴き続けていたそうです。
もう一匹の白毛に茶色の模様が混じった仔猫は寝ているのか丸まって微動だにしませんでした。
その人の頭にいろいろなことが巡りました。
「ペット禁止のマンションだからな・・・」
「ネコ嫌いなんだよな・・・」
「今夜は氷点下だったよな・・・」
「ネコ好きな友達いたっけ・・・」
「誰か通りかからないかな・・」
10分ほど、その場にしゃがみ込み震える白い仔猫の顔を見つめていると、無意識に涙がでてきました。
「とりあえず家に連れて帰ろう。そして明日、どうするか考えよう」そう決め、ダンボールを抱き帰宅しました。
帰宅してすぐ少しだけ温めたミルクを仔猫にあげました。
白猫はふらつきながらミルクの入ったお皿に近づき飲んでいましたが、茶模様のほうは丸まったまま動きません。
心配になりそっと指で擦ってみました。
自分の指先から伝わる固く冷え切った感覚から茶模様の仔猫がすでに息絶えてることをしりました・・・
悲しみと同時に「こんな寒い日に捨てなくてもいいのに・・・」と仔猫を捨てた無責任な人間に対して怒りが込み上げてきました。
その横で必死にミルクを飲む白猫を見て、「こいつ隣で兄弟が死んだとき、きっと不安やったやろうな・・・だから俺を呼んだんやろうな」と涙がこぼれました。
その夜、自分のセーターを毛布代わりにして白猫を包み、ベットに寝かせてあげ、亡くなった茶模様の仔猫はタオルに包んでダンボールに戻しました。
弊社プレシャスにその人から「手の平ほどの仔猫なんですが・・・葬儀と火葬おねがいできますか?」と電話があったのは翌朝でした。
セレモニーの依頼を受けた私は、指定された時間にその人のマンションに向かい、挨拶をすませ、祭壇を施しました。
そのときに昨夜からの経緯を聞かされ、祭壇に横たわる茶模様の仔猫が名前もなく、誕生日も不明であることを知りました。
話を聞いて切なくなる一方、一夜にして元気を取り戻した白い仔猫の姿に私の心は救われました。
その後、依頼主さんと一緒に近くの川辺で火葬をすませ、茶模様の仔猫ちゃんは小動物用の骨壷に納めらました。
火葬の間、茶模様の仔猫は依頼主さんより「茶子」と名付けられました。
姉妹と思われる白い仔猫は「雪子」と名付けられ依頼者と一緒に暮らすことになりました。
いろいろなセレモニー担当してきた私ではありますが、名も無きペットのセレモニーは初めての経験でありました。
セレモニーを無事に終え、私は会社に戻る途中、依頼者さんから教えてもらった二匹の仔猫が捨てられていた場所に向かい花を手向けました。
こんな寒い時期に生まれて間もない仔猫を捨てる人もいれば、亡くなっていた仔猫に葬儀をしてあげる人もいる。
その場で合掌しながら「雪子ちゃんには茶子ちゃんの分まで幸になってほしい」と願うばかりでした。
悲しみと切なさが交差する複雑な思いを払拭できぬまま、私は古都の町を後にしました。