感謝の思いと別れの心

その日の朝、旭区のシーズー犬のテル君は毎朝恒例の玄関でのお見送りをしてくれませんでした。

リビングのソファーの下から伏せのポーズのまま玄関先で靴をはく飼い主さんを静かに見つめているだけでした。

いつもなら玄関先まで尻尾を振りながら来てくれるのですが、その日は寒かったせいか、ソファーの下から一歩も出てくる気配がなく、ただ視線をこちらに向けるだけでした。

不思議に思い「テル」と声をかけたのですが、反応がなく、気になった飼い主さんは靴をぬぎ、リビングに戻りました。

ソファーの下からテル君を愛用のマットごと引き出して抱き上げたとき、呼吸はしてるものの、力無い反応に飼い主さんは「その時」が近いことを覚悟しました。

テル君は16歳と4ヶ月の高齢であり、数年前から悪性の腫瘍を患っていました。

かかり付けの医師から、「その日」が遠くないことを知らされていましたが、前日までは、普段と変わらぬ生活をしていたのです。

嫌な予感がした飼い主さんは仕事を休んでテル君を病院につれて行くことを決め、会社に電話をかけました。

病院の開院するまで1時間以上あったので、テル君を膝に置いたまま、体をさするように患部を優しく撫でてあげました。

テル君は気持ちよさそうに薄っすらと瞼を閉じていたのですが、撫ではじめて10分ほどしたとき、テル君が不意に顔を上げ飼い主さんを見上げるように振り向きました。

その顔は16年以上一緒に過ごしてきたテル君が見せた、どの表情とも違う、悲しく切ないような表情だったらしいです。

そしてテル君はあくびをするように口を開け、今まで出したことのないような太い鳴き声を3度発し、力なく首を落とすように息を引き取りました。

飼い主さんはテル君の名前を呼びながら体を揺すりましたが、テル君が再び呼吸することはありませんでした・・・

覚悟してたとはいえ、テル君が最後に見せた表情が胸から離れず、テル君を抱いたまま、数時間、動くことが出来なかったそうです。

 

テル君のセレモニーは、翌日、テル君が16年過ごした自宅で執り行うことになり、依頼を受けた弊社プレシャスが担当することになりました。

テル君のお気に入りの場所である、リビングのソファーの上に祭壇を施し、飼い主さんのお手製の棺の中にテル君を寝かせてあげ、好物だった食べ物とお花を入れてあげました。

飼い主様と弊社スタッフ2名によるご焼香の儀を済ませた後、玄関先の駐車場にとめさせてもらった火葬車によってテル君は天に召されました。

比較的、表通りにあるテル君の自宅前には大勢の人が行き交いしてたのですが、テル君の散歩友達の飼い主の方が、たまたま通りかかり、テル君の訃報を聞かされ、驚いておられました。

その方と飼い主さんが火葬車の前で涙ながらにお話されてるのを見ていたご近所の人たちが「何事かと」集まってこられ、テル君が亡くなったこと聞かされると「何で言ってくれなかったの。犬ちゃんであっても10年以上ご近所さんだったのに」

そう言って次々と祭壇に手をあわせてくださりました。

火葬が終わる頃、ご近所の人達が持ってこられた、たくさんのお花やお菓子が祭壇に供えられ、テル君が近所の人達からも愛されていたことを物語っていました。

その祭壇の光景を見た飼い主さんは、その日、初めて笑顔を見せてくれました。

飼い主さんはセレモニーのときに「テルの最後の顔は一生忘れられないと思う」と泣きながら仰っておられましたが、私が思うに、テル君が息を引き取るその時に飼い主さんに見せた表情は、16年共に過ごした家族にむけた「感謝と別れ」を凝縮した表情だったのではないでしょうか・・・

だからこそ、飼い主様にはテル君との想い出を胸にこれからの生活を自分らしく歩んでほしいと私は思いました。




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