最後の恩返し~誕生日に亡くなるペット達~
悪性リンパ腫で亡くなったシーズーのペッキーちゃんが安置されていた愛用のベッドに傍らには線香とお花と一緒にケーキが供えられていました。
私は「ペッキーちゃんの好物だったのですか?」とケーキを目にしながら飼い主さんに訊ねたのですが、飼い主さんは口を真一文字に結んで首を横に振ったのです。
そして、絞り出すような声で「・・・いえ・・・好物ではありません・・・昨日・・・ペッキーの・・・・・・・・誕生日だったんです・・・」と途切れ途切れに言った後、声を出して泣かれたのでした・・・
私はかねてから気になっていたことがありました。
それはこのお仕事をしていたからこそ、知ることになったのですが、ペッキーちゃんのように誕生日、もしくはその翌日に亡くなるペットちゃんは実に多く、それは偶然という言葉だけでは説明できないくらい、よく耳にすることでもあり、実際に私もそのようなペット達のセレモニーを数多く担当して参りました。
私自身、最初は何かの偶然か巡り合わせなのだと思っていたのですが、最近になって、自分なりに一つの見解にたどりついたのです・・・
誕生日をむかえてから亡くなるペットちゃんの大半が犬ちゃんであり、大病を患い医師から余命宣告を受けた子がほとんどでありました。
そして、医師が告げた余命の日を乗り越え、誕生日を迎えてから亡くなるのです。
私が担当したペットちゃんの中には医師から「今日、明日がやまです。長くても一週間でしょうね」と宣告されたのにも関わらず三か月もの間、頑張り、誕生日を迎えてから亡くなった犬ちゃんもいました。
犬が人間のように自分の誕生日を意識しているとは思えないのですが、ではなぜ、このようなことが多くおきるのでしょうか?
私が思うに、そこには飼い主さんの切なる想いの存在がペット達の心に大きく作用しているよな気がするのです。
ペットが余命宣告をうけたとき、飼い主さんは目の前が真っ暗になりながらも覚悟を決めなくてはなりません。
そして、いつ来るかもわからない、その日に怯えながらも、「一日でも、いや、一秒でも長く生きていてほしい」出来るかぎりのことをペットにしてあげようと心に決めるものです。
そのような日々の中であっても我々人間は「もしかして・・・」と微かな希望を抱くものであり、「あと何日で誕生日だ。なんとしても最後になるかもしれない誕生日を迎えさせてあげたい」と無意識のうちに目標を設定するようなことがあります。
その日とは誕生日だけに限らず、ペットが初めて飼い主さん家にやってきた日や、飼い主さん自身の誕生日であることもあります。
共通するのは何等かの理由で飼い主さんが無意識のうちに「せめて○○まで頑張って」と目標に定めた日であることが多いのです。
そう考えると、胸が締め付けられそうになるのですが、ペット達にとって、その日まで生き抜くことは自分が飼い主さんにできる最後の恩返しのように感じて頑張っているように私には思えるのです。
つまりペット達は自分が一日でも長く生きたいというより、飼い主さんのために、その日まで生きなくてはならないと思って頑張っているのではないのでしょうか。
そして、その日を迎え、まるで役割を果たしたようにして、息をひきとってるのかもしれません・・・
これは、あくまでも私がたどりついた見解で、何の根拠もないことではあります。
しかし、ペット達は飼い主さんのそのような心境を本能的に察知し、自分のためではなく、ずっと大切に自分を育ててくれた飼い主さんのために、飼い主さんが望むその日まで最後の力を振り絞っているような気がしてならないのです。
プレシャスコーポレーション
野村圭一
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