犬の火葬~寝屋川市のチワワ サンちゃんが望んだこと
チワワのサンちゃんがリンパ性の癌と診断されたのは8ヶ月前でした。
13歳と高齢なこともあり、手術に耐えれる体力がないと医師から言われ、投薬による治療を中心に闘病の日々が続いていました。
余命宣告は半年だったので、飼い主のIさんは「その日」が遠くないと覚悟はしていました。
Iさんはサンちゃんと二人で西宮市のマンションで暮らしていたのですが、サンちゃんが発病してからは寝屋川市の実家に戻っていました。
仕事にでかける昼の間、サンちゃんを一人で留守番させるのが心配でお母さんがいる実家に戻ったのです。
週末を中心に寝屋川市の実家にはサンちゃんも頻繁に行っていたので、新しい生活にはすぐに慣れました。
Iさんのお母さんもサンちゃんに温かく接してくれて、サンちゃんは西宮にいるときよりも元気になったように感じました。
医師から宣告された期間も過ぎ、Iさんは「もしかしたら、このまま元気になるかもしれない」と思ったほどです。
その日の早朝、Iさんは枕元で鼻をならすサンちゃんの鳴き声で目がさめました。
サンちゃんはお座りの姿勢のまま遠吠えをするような感じで「クォ~~ン」と悲しげ声を出していたのです。
サンちゃんが、こんな行動と声を出したのは、このときが初めてで、Iさんはすぐに異変に気付き、「サンちゃんどうしたの?しんどいの?」と話しかけました。
サンちゃんは横目にIさんの顔をチラっと見て、ゆっくりと伏せの姿勢をとりました。
「サンちゃん?しんどいの?サンちゃん?」とIさんが呼びかけましたが、サンちゃんは目だけを動かし、時折Iさんの顔をチラっと見るだけでした。
ただならぬ、Iさんの声を聞いたお母さんが部屋に入ってきて「どうしたの?」と尋ねました。
Iさんは「サンが変なの、しんどそうなの」と涙ながらに伝えました。
Iさんはサンちゃんを抱き上げようとサンちゃんの脇に手を回したとき、お母さんが「そのままにしといたり、その姿勢が一番楽なんや。そのまま看取ってあげなさい」と言いました。
母の優しくも強い言葉にIさんは「その時」が来たことを自覚しました。
あれだけ覚悟をしていたのに、いざ、その時がくると、悲しく心細く、Iさんは自分の無力さを嘆くしかできなかったそうです。
サンちゃんの背中を撫でてあげることしかできないIさんの肩をお母さんが優しく抱いてくれて、その時を一緒にすごしてくれました。
Iさんにとって、お母さんの存在は大きく、「一人なら耐えれなかった」と仰っていました。
サンちゃんがIさんの枕元で伏せの姿勢になってから2時間、細かい痙攣を何度か繰り返した後、サンちゃんはIさんとお母さんが見守る中、ゆっくりと瞼を半分だけ閉じ、永眠のときを迎えました・・・
その日の夜、サンちゃんの葬儀と火葬を実家で執り行われることになりました。
依頼を請けた私は、葬儀のときに、Iさんからサンちゃんの最後の話を聞き、「きっと最後を看取ってほしくってIさんをおこしたのでしょうね」と言いました。
Iさんは「そうだと思います。私が眠ってるとき、傍にくることはあったんですけど、鳴いたのは初めてだったから・・・」と涙ながらに言っておられました。
「すごく悲しかったと思いますが、サンちゃんが望んだ最後の時の過ごし方を叶えてあげれてよかったですね」と私が言ったとき、隣にいた、お母さんが「ほんとにそうよ。サンちゃんも喜んでるはずよ。癌なのにあんなに安らかに息を引き取ったんだから」と仰りました。
火葬が無事に終わり、サンちゃんの遺骨はプレシャス会館に納骨されることになりました。
Iさんは「当分、寂しいからこっち(実家)おっていい?」とお母さんに尋ねたところ、お母さんは「かまへんけど、自分の部屋くらい掃除しーや」と言ってました。
そんな会話に思わず笑ってしまった私にお母さんは「この子(Iさん)はほんまにだらしないんです。だからいつまでたっても結婚できないんですわ」と笑いながら仰ってました。
言われたIさんは「もう」とお母さんのお尻を軽く叩いていました。
愛するペットを喪ったとき、支えてくれる家族の存在はとても大きなものです。
Iさんに優しく逞しいお母さんがいて、本当に良かったと私は思いました。


