孤独を友とせよ

人はどんなに恵まれた環境にあっても孤独を感じる生き物であるそうです。

言われてみたらそうかも知れません。

 

たとえ、素晴らしい家族が居ても、気の合う仲間が居ても、人は、何かの拍子に、ふと、孤独感に包まれるようなことがあります・・・

 

 

幼い子供にとって、ペットは寂しさを紛らわせてくれる存在であることがあります。

親に怒られたときや、友達と喧嘩したとき・・・

どんなときでもペットは変わらず傍に居て癒しと愛情をそそいでくれるものであります。

 

幼いがゆえに、親の愛情が理解できず「自分はいらない子なんだ」と、殻に篭ってしまうようなことは、誰にでも、一度や二度はあるものですが、そんなときでもペットだけは自分の味方であり、自分を必要としてくれている存在に感じることがあります。

 

そして、思春期に差し掛かり、反抗期と呼ばれる年頃になった頃、親と会話するのも面倒に感じてしまってもペットとの関係だけは相変わらず良好で心許せる存在のままで居てくれます。

 

進学、就職、結婚。

理由はいろいろありますが、大人になり、実家を出ることになったとき、ペットを連れていくか、実家に残していくか、悩む人は多いと思います。

でも、ペットが小型犬や猫ちゃんなら連れていく人も多くいます。

ましてや、いつも自分の味方だったペットちゃんなら迷わず連れていくはずです。

 

何処に行くのも一緒。

ずっと一緒。

いつの間にか、そんなペットは傍に居るのが当たり前の存在になっています。

 

しかし、別れはやってきます・・・

命あるものに、死は必ず訪れるのです・・・

 

傍に居るのが当たり前になっていたペットに先立たれたとき、人は生きる支えを失ったような心境に陥ることがあります。

 

たとえ、その時に結婚をし、子供にも恵まれていたとしても、そのぽっかりと空いた穴は、なかなか埋まってはくれません。

 

 

そして、いつも傍に居てくれて、いかなるときでも味方でいてくれた存在が居なくなったとき、人は経験したことなない喪失感と孤独感に包まれてしまいます・・・

しかし、いつまでも悲しんではいられません。

経験したことのない、悲しみに包まれた、その時こそ気付かなければならないことがあるのです。

 

人は皆、孤独を持って生きているということを・・・

けして、悲しいのは自分一人でないということを・・・

 

「孤独を友とせよ」という言葉があります。

これは何も「孤独に生きよ」「孤独になりなさい」と言ってるのではありません。

 

私の中では

「独りでも生きていける人間になりなさい」

「精神的に自立しなさい」

そのような意味合いに捉えています。

 

どんな人でも基本的には人間は個であり、独りなのです。

それを理解し、受け入れられたとき、今まで見落としていた、周りの存在の本当のありがたさに気付くことができます。

 

そして、そのありがたさに心から感謝できたとき、人は、はじめて自分の周りの人間に思いやりと愛情を持って接することが出来るような気が、私にはするのです。

 

 

 

プレシャスコーポレーション

野村圭一

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