ためらいと心の葛藤

ペットのセレモニー会社であると同時に火葬を執り行う立場である我々は、時にペットを失った家族の方たちから、亡くなったとはいえ、大切なペットを炎で焼く人間に写ることがあります・・・
 
セレモニーが終了し、自宅から出棺して火葬車に納めた後、火葬炉の扉を閉めるとき、家族の方たちに合掌にてお見送りをしていただいております。
 
ペットちゃんと一緒に火葬するお花や食べ物も火葬炉に入れ、いざ、扉を閉ざすとき、「よろしでしょうか?」とお尋ねするのですが、この段階になったとき、戸惑いとためらいの気持ちが交差されて「やめてください」と火葬の中止を訴える方も稀におられます。
 
ペットを失った経験のある人材のみで開業したプレシャスのスタッフには、この気持ちは充分に理解できることですので、直ちに火葬炉からペットちゃんを出し、一度、ご家族様の手にペットちゃんを返すように心掛けています。
 
八尾市のヨークシャーテリアのプイちゃんのセレモニーは小雨が降る寒い日に執り行われました。
 
プイちゃんは心臓と腎臓に病気を患いながらも、前日まで、いつものように散歩に出かけご飯も食べていました。
 
その日の深夜、唸り声を発してるプイちゃんの異変に気付いた家族の方は深夜でも診察してくれる病院に向かう途中、家族の中でも一番プイちゃんと仲良しだった後部座席の娘さんの膝の上でプイちゃんは息をひきとりました・・・
 
藁をも縋る思いで病院で蘇生治療もしたのですがプイちゃんの心臓が再び動くことはありませんでした・・・
 
享年13歳。高齢とはいえ、前日まで元気だったプイちゃんの突然の死は12歳の娘さんには受け入れがたいものでした。
 
娘さんにとって、物心ついたときには、いつも一緒にいたプイちゃんは、家族であり、姉妹のような存在でもあり、また親友でもありました。
 
セレモニーが終わり火葬のため、自宅から出棺するとき、私は娘さんの両親に「出棺のタイミングは娘さんに決めてもらいましょう」と言いました。
 
ご両親は黙ってうなずき「そうさせてやってください」と言い、泣きながら祭壇のプイちゃんの顔を撫でている娘さんの背中を優しい温かな眼差しで見つめていました。
 
依頼者の自宅駐車場にとめた火葬車で待機していた弊社の火葬担当スタッフに少し時間がかかることを伝え、私は祭壇を施した居間に戻りました。
 
静かに居間の戸をノックし、少し扉を開けたとき、祭壇の前で泣き続ける娘さんを囲むように両親が優しい言葉で娘さんを宥めていたので、私はそのまま戸を閉め、居間の前で待つことにしました。
 
その後、20分ほど、ご家族だけの時間が過ぎ、娘さんのお母さんが「プイちゃんは一生懸命に頑張ったんだから、早く神様のところにいかせてあげよ」と言ったとき、娘さんは振り返り、そのままお母さんに抱きつくようにしてプイちゃんから手を離しました・・・
 
お父さんの手によって出棺されたプイちゃんは火葬炉の前で弊社スタッフに渡されお花
と一緒に火葬炉に納められました。
 
その光景をお母さんに支えられるようにして見守っていた娘さんは火葬炉の扉が閉まるとき、「やっぱり嫌や」「プイを焼かないで」と叫びその場に泣き崩れました。
 
娘さんの両脇をかかえ込むように両親が娘さんを抱き上げましたが娘さんは力が入らないような状態で、その場に座り込んでしまいました。
 
私はプイちゃんを火葬炉から出し、娘さんの手に渡しました。
娘さんはプイちゃんを抱いたまま、自分の部屋に戻りました。
 
「すいません」と頭を下げるご両親に私は「このまま火葬をしても娘さんにとっていい影響があると思えません。娘さんの気持ちが落ち着くまで火葬するのはよしましょう」と言い「どうしても娘さんの気持ちの整理がつかない場合、明日以降に延期しても構わないので、娘さんの気持ちを優先にしてあげてください」と付け加えました。
 
そう言った私にお母さんが「もう一度、説得してきます」と娘さんの部屋に向われたので、「待ってください。少しそっとしといてあげましょう」と呼びとめました。そして「もしよろしければ私にお話させてください」とお願いしました。
 
 
ご両親は承諾してくださり、私は少し時間を置いてから娘さんの部屋をノックしました。
娘さんはプイちゃんを膝に置いた状態でベットに腰掛けていました。
 
私は「少しいいかな?」と声をかけ床に座らせてもらいました。
 
そして「すごく気持ちわかるよ。どうしても辛いようなら僕たちはこのまま帰ることにするね」と話かけました。
 
娘さんは顔を上げ「もしこのままならプイはどうなるの?」と私に問いかけました。
「今は冬だから1日くらいなら暖房のないところに置いてあげれば平気だよ。でも、それ以上になるとプイちゃんの体は少しずつ細く固くなってしまうんだ」と答えました。
 
少し間を置いて娘さんが「そんなの可哀想・・・」と泣きながら言いました。
「うん。だからお父さんもお母さんもなるべくプイちゃんが綺麗なうちに神様のとこへ行かせてあげようとしてるだけなんだ」
その後、私自身の体験や私たちが日々の仕事の中で知り合ったペットを喪った人たちの話をさせてもらいました。
 
 
娘さんは自分と同じ悲しみをした人たちが、いかに悲しみと向き合い、そして乗越えていったのかを12歳の心でしっかり受け止めながら、私の話を聞いていました。
 
話をして一時間ほどしたとき、娘さんが立ち上がり「私の手で車(火葬炉)の中にいれていい?」と言ったので「もちろんいいよ」と私はこたえ、娘さんと二人で部屋を出ました。
 
娘さんの部屋と隣接している居間ではご両親が待っておられ、部屋から出てきた娘さんにお母さんが「・・・大丈夫?」と優しく尋ねました。
 
娘さんは「うん。私が車に入れてあげる」と力強く答え、そして、まるで別人のように凛とした表情になられた娘さんの手によってプイちゃんは再度、火葬炉に納められ、天に召されたのでした。
 
火葬の間、娘さんは2階の自室の窓から火葬炉の煙突に向って合掌されていました。
表情は凛としたままだったのですが、両目から涙が止まることはありませんでした・・・
 
火葬を開始して10分ほどしたとき、お母さんが「お茶をどうぞ」と玄関先で声をかけてくれたので、火葬担当スタッフに、その場を任せ、私はお茶をよばれることにしました。
 
その時、お母さんが「先ほどはどのような話で娘を説得してくれたのですか?」と尋ねられたので私は当ブログ{残された者たちの役割}で書かせてもらった私自身が父から教わったことや、同じ悲しみを背負った人たちの話をしたことを伝え、その話の中で12歳の娘さんには残酷なことだとは思いつつ、「生まれてきたことに意味があること」や「どの命にも終わりがあること」そして「魂は永遠に残ること」を私なりの言葉で説明したことをお母さんに告げました。
 
お母さんは「部屋から出てきたときのあの子の顔を見たとき、別人のような、しっかりした表情をしてたので、きっとあの子なりに理解して乗越えれたんだと思いました」と言ってくださいました。
 
火葬を終え、ご家族3人の手によりプイちゃんのお骨上げが行われ、プイちゃんの遺骨は無事に骨壷におさめられました。
 
金色の骨袋に入れられた骨壷を大切そうに抱きながら我々スタッフを表通りまで見送ってくれた娘さんは、助手席の私にむかって「ありがとうございました」と頭をさげてくださいました。
 
その日、訪問してからずっと泣き顔だった娘さんの笑顔を最後に見れた私は何ともいえないような清清しい気持ちで、次のセレモニー依頼者の自宅に向かいました。

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